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ここで行われようとしている展観も世にあまた在るグループ展の一つである。
それは本来美術系予備校の卒業生を中心として作家仲間の展示として始まっている。またその作家は徐々に自然に入れ代わりがあったようで、世代的にも40代を中心にしつつも、しだいにより若い有為の30年代の作家が加わり、特に今回は初参加者も多い。私はその作家の全てを知るものではないが、しかしそのほば半数は何度がその発表の際に見てきた作家が含まれている。また、私はたまたま会場となってきているO美術館の学芸員であったためもあり、その展示をコンスタントに見続けてもきている。その中には、すでに15回以上もの個展を旺盛に行っているキャリア作家もいるし(米満泰彦など、)またVOCA展(グレーク・アンガス、須藤泰規)や神奈川アートアニュアル(片岡操、辻忍)などに推薦出品している作家も含まれている。つまりはすでにあるキャリアを積んできた作家の集合なのだが、確かにもともとのこのグループ展の性格上、そこに統一した作品としての傾向性を見出すことはほとんどむずかしいだろう。しかしそれでも共通の無意識の選択が進み、その集合性にはあるゆるやかな傾向も感じられないのでもないのだ。
「制作」そして製作者たる「作家」概念の根底的な再考にまでたちおよんだ’70年代初期も「美共闘」世代の後の、絵画することの再生しつつあった時代に作家として出発した世代を中心にして、’80年代のインスタレーションの流行を経て、様々な様式と手法の混在したカオティックな今日の環境下で自己の制作のあり方を確立してきたより若い世代まで。しかしそこでは、インスタレーションにむかうものもなく、写真を始め映像的な手法を駆使することも多くない。さらに近年のジェンダー的視点やポリティカル・コレクトネスなどの社会的な批判性も強くみることはできないだろう。むしろここでは大寺博や米満泰彦らの世代にせよ、田之上顕治や辻忍らの30歳代の一群にせよ、むしろ真摯に絵画にせよ彫刻にせよその問いじたいにまともに正対し、思考を重ねることで世界との界面を探究してきたようにおもえる。そのような場ではむしろ材質感が強調され、物質というものが、いかにも重く作家に顕現していよう。そのような彼らの孕まざるをえない今日的な問いとはなにか。
物質の変容と作家の営為にともなって現れ出でていたはずなのだが、今日ではこの高度情報化と巨大消費の社会状況じたいが、様々の物の顔だちを変え、物質との単純な協和関係を揺るさなくなっている。そこではこれまでの歴史・文化によって培われた「物質的想像力」(ガストン・バシュラール)を単純に背負うことができなくなっているだろう。
メチエの解体が指摘されたのも、すでに’60年代のことで近年に始まったわけでもない。むしろここに集まった作家たちはその後に美術的な成長を迎えた世代であるはずだ。かつては“物質的な翻訳”という作品化のために、メチエという積層する技術と智慧が成り立っていたことを思い出す。ある物質における技術的な練達という、層を積み重ね“深まり”を生じる幸福な関係が成り立っていたときには、一つの地点をドリルで掘りすすみ、その深々とした地点でも、反転して広い共時的な時代のリアリティとも通底可能な信頼があったとおもう。一つごとのジャンルで括られた中でのメチエの小王国。版画家、写真家、ビデオアーチストと同様、油絵画家、彫塑家といった言葉を通用させているところにすでに時代の感覚は抜け落ちていることは確かだろう。
もっと言えば今日では、単純に絵を描くことじたいが、不可能性に直面しているだ、いや、直面すべきなのだ。文学の今日的な前線では、世界が文学的な言葉のインフレーションを起こし、また時代の過酷さが詩人たちにその表現の無力をしいていることが本質的な困難さとして議論されている。そのような状況にいかにわたりあえるか。しかし世の文学に比して、美術の領域ではいまだ根底的な危機の意識は薄いようにおもわれる。
代わりに美術の場でも近年は「不景気な」話が多い。老舗の現代美術の画廊までもが近年では閉めつつあり、最近ではかんじんの画廊の借り手も少なくなったとのギャラリストの嘆きも聴こえてくる。目立った新人は見当たらず、美術館も予算が縮小されている‥‥。しかし「不景気」だから美術が非活発であるという短絡さは止めておいたほうがよい。むしろ「不景気」さの根底を考えることの方に意味があるというべきではなかろうか。制作者は「不景気」を嘆くばかりの凡庸さにかまけるのではなく、時代の底流への鋭敏な感覚のなかで制作を続けるべきであろう。何かが間違っていた、あるいはすでに何かが通用しなくなったのであり、われわれは一つの大きな変革期に立ち会っているのに違いない。その一般状況が過酷な分だけ、特に若い二・三十代の表現者はみずからの極私的な世界に身を縮めつつも、強い固有点を形成しようとするのだろう。また他の作家はいわば“物神化”してふたたび私的に大きな世界とつながろうとする。この現代において揺らぐ私の頼りなげな表現はたとえば生命論的な主題と結び合い、一転して45億年の生命的記憶の延長としてこの指先から表出する、という自信満ちたものとなる。しかし、そのような素朴な思いはそこまでである。自然の中に無限抱擁されて、思考は停止してもう先はない。現代性が先祖帰りしてゆく点であるだろう。 世界のリアリティはその私と物との愛すべき関係に対しての懐疑をいくらでも挿入してくるに違いない。むしろ作家はそのような現実の問いに目をそらすことなく、世界を観測し作品をいかによりスリリングな関係場となりおおせるか。実にそのことが、様々な地帯で音を上げて変容とする現代で、我々は時代の変わり目特有の不幸と希望を引き受けた今日的営為であるだろう。
誤解しないでもらいたい。私はポリティカルな問いを直接的に反映した作品を望んでいるわけではない。そうでなく、今日的な問題意識は人をメチエに結んだ様式の世界に逃げ込むことを許さずに、ある本質的な反省の中に生きることを強いるものなのだ。自己目的化した調和的な画面を求めることなく、むしろ物質とともにありながらも、なにがしかの裂け目を抱え込むこと。この非物質的な時代の中で、物から入り、不可視のものへ辿り着こうとする、旧くて新しい問いを抱え込もうとするなら、描くこと、物を成すことのスペクタクルを避けつつ、時により時代の毒をも食みつつ表現すべきであろう。
このような中では「造形」としての構築性は弱体化する。ある意味では絵画の彫刻の偉大なる時代は去ったのだ。今日はモニュメンタルなものの不成立な時代である。時代の表象は一つの確からしい物質に結ぶのではなく、変動し浮遊する皮膜状のものと化す。その中で描くことじたい、物を成すことじたいの甘美さから今一度距離をとり、“よき趣味”にいかに自足せずに、そこから離れ、我々の時代の表象をどのように示すべきか。そこで作家はあえてSKILLを外すことによって、その安定した地平を逃れ出ようとするのだ。
私は不用意に一飛びに越境することだけを称揚しようとするものではない。私は「絵画」は終わった、「彫刻」は古い、などという文句を事大事に言いなすことをしてこなかったつもりである。むしろ絵画の問いが終わったわけではなく、この物質的にして抽象的な、奇態な旧来からあるメディアも、新しい現代的な意味を孕む可能性があるはずなのだ。おもえば、実に近代とはこの100年をかけてその再編成を繰り返してきた営為の累積の謂であったはずである。
果たして「絵画」「彫刻」未然の場にあえて出て、その成立への階梯をあえて遅延させようとする戦略へ。または素材との偶有的な出会いのなかから「絵画」へと辿り着こうする、つよい個人の牽引する近代的な「造型」の世界から離れた自然的な営為への志向。しかしながらよく考えてみれば、この国にはそのような素材との関係からものなす姿の方が一般的なものでもあったのだ。常に足下に持ち構えている底なしの沼地のような地の文化の性格の強さと短所を認識しうる、ある醒めた知的な構えがそこでは要求されるはずである。この国では、リヒターにせよ、ポルケにせよ、一つのよき趣味や様式として表層的に受容しがちで、いまだ日本近代の道行きと同然の姿を示している。その絵画することへの醒めた知的戦略性は今日のこの列島の表現者に最も欠けているものであるだろう。
物とのフェティッシュな関係の中で自然へあるいは様式に回収されることを避けて、ましていわんや単なる情動にもよることなく、知覚の観測のための、あるシステムとして絵画を彫刻を再組織化すること。またあるいは時に時代の病さえ積極的にこうむり、いわば積極的に破産していくこと。両極端であるが、ともにこの表現の困難な時代において、芸術の不可能性への無限の繰り延べをはかる今日的な志向というべきだろう。
「物質」はそこでふたたび異なる相貌を見せはじめるはずなのだ。
(全 文)
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