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第10回「17+∞展」 (2000年2月11日 〜 16日)によせて



  「10回展を迎えた『+∞』展、そして…」
 
北村 由雄  

 


  ぼく自身の最近の「感想」の話から書くことにする。
 昨年の第48回ベェネチア・ビエンナーレ では中国系作家の台頭が話題になった。60年代の政治的プロバガンダ・アート=社会主義レアリズム彫刻を「再現」してみせたツァイ・グオチァン、中国の伝説怪獣を頭に据える9本の木柱をフランス館に立てたホアン・ヨンピン、椅子やベッドを革張りの太鼓に改造して巨大楽器に組んだチェン・ゼンなどの仕事は、堂々としたスケールを備えていた。自分の生まれ育った国に固有の主題を、個々の方法で明確に把握していた点でも注目される。現代の美術が見失ってしまった「社会」とのつながりを回復する契機が彼らの作品には秘められている。
 そうした仕事の対極にあるのがルイーズ・ブルジョワの縫いぐるみの作品だった。
  「トルソ」は題名とおりの胴体だけのぬいぐるみ。ピンクの胴に灰色の乳房と腹の膨らみが縫いこまれている。素材の柔らかな感覚が、そのまま生な肉感を誘う。「なぜそんなに遠くまで走って行ってしまったの?」と題された作品は、ごろりと転がった首がひとつ。薄いピンク、濃いピンク端切れが縫い合わされた顔面。空洞の両眼。息を切らせて大きく開いた口からは舌が突き出ている。何事からの逃走の果てなのか、息絶える寸前の表情が不気味である。さらに「三つの水平物」では、三段の棚を持つカートに三つの裸体像が横たわっている。下段の裸体は解体された七面鳥を思わせる。二段目は子供の姿、上段に成人の女体。不安定な姿勢で横たわる三つの姿態を前にしていると、日常に巣くう不安感がいやおうも無く呼び覚まされる。
  ブルジョワはフランス生まれのアメリカ作家。フェニミズム・アートの第一世代とされる高齢アーティストである。今度のぬいぐるみ作品は98、99年の最新作。彼女のフェニミズムの視点からの執拗な追及が、ここにきて現代美術の新しい地平を開いてはっきり見せたと言っていいのではないか。
  もう1つ感想を。昨年夏、タイのバンコク観光で寺院ワット・ポーを訪ねた。本堂に上がったのは半分疲れをいやすためだった。高い台座のうえに鎮座する黄金の本尊を見上げること5分、10分と続いただろうか。京都奈良のお寺巡りではついぞ記憶に無い体験だった。いつか旅の疲れも忘れ、心身一如の境地とでも呼ぶのだろうか、そんな未知の感覚に浸っている自分にきがついたのである。
 この感覚は、最近どこか別な場所で覚えたものと似ている−。それはドイツのフランクフルトの現代美術館のことだった。ヨーゼフ・ボイスのインスタレーション「鹿にあたる稲妻の光」を前にして覚えたあの感覚だった。このボイス作品は、天井から鋳物性の巨大な三角錐(稲妻)がぶら下がり、その真下にアルミ製の構造物(大鹿)が配されている。鹿の周りには棒状の大便にも似た無数の原生動物がころがっている。自然、宇宙の原理と生物・生命の融合のメタファーであろう。そのメタファーと黄金の仏像が、僕の内部でひとつのものとして響きあったのことになる。
  さて本題に話をうつそう。 「+∞」展は西暦2000年というこの区切りの年に、グループ展としてちょうど10回を数えることなるという。1987年の第1回展の案内状には、「−Group Exhibition−すいどーばたOB展(S47〜51年度生)」と記されている。つまり「+∞」展は美大芸大の予備校の同窓生の集まりからスタートしたことになる。88年の2回目もグループ展の名前は「6人の平面+1」である。90年の3回目になって初めて「8+∞」展と名乗っている。それ以降、頭の数字に参加する作家の員数を置き、次いでプラス記号と無限大記号を並べるのを決まりとしてきた。
 その3回目の出品目録に大型活字で以下のフレーズが印刷されている。
  
    私たちは「LOVE」に集まった
         物質と精神の―――――
    激情と沈静とintercourse
         感情の構築。     
    血流の夜、色は形は身体を揺れ動く
         幾何学されたその空気と
    頭の奥に配布されたやけに重い異物
         強烈にさびしい機械の音
    ピアノに向かって
         ランダムに鍵を押せば

   参加者たちが個々に発した言葉のコラージュであろうか、とにかくこれが「集団」としてのメッセージらしき唯一の記録である。
   いや、遠回しの言い方はやめにしよう「+∞」展は特定の主義主張、姿勢、立場、性格を旗印に掲げて歩んできたグループではない。参加者の顔ぶれ自体がこの13年の間に大幅に入れ替わっている。今回の17人をみても参加3回以上を数えるのは9人にすぎない各回ごとにそのつど、個々の責任において仲間に呼びかけてはグループを形成する。そうやって歩みを重ねてきた。
   そういう彼らに共通するのは「描く」ことへの素直な問い直しの作業であろう17人の作家の一人一人について語る余裕はないが、例えば米満泰彦は現実と虚構のはざまを捨てようとはしない。大寺博は緻密なマティエールの裂けめに内と外との交通の表象を追い求めている。
   鹿島寛は色彩が作品(物質)と化すメカニズムを視覚化する。泉岡弘樹は、小野寺紳、富丘誠らはそれぞれの方法で色彩とマチィエールの表現力に己の感性を託そうとしている。自然と対話を立体と平面の交流に置き換える鷲田恭。葉山實も立体と平面の複合表現を試みる。
  さらに地層の痕跡に時間、空間を凝視する田乃上顕治、物質の存在と消滅を提示する田中太賀志、木製オブジェ によって日常に異質な空間をしのびこませる辻忍など、このグループの立体作家には、(「描く」ことへの問い直しと同じように)「つくる」ことへの真摯な姿勢が共通にしている。
  「描く」こと、「つくる」ことの可能性と復権。
  もしそれがグループ「+∞」展の意識せざる)主張だとしたら、ぼくはグループへの着たいと注文を次のように提示することになるだろう。
  「現代美術」はいま、深刻な行きつまり状態にあるというのがまず前提になる。近代美術の歩みの直接的なスタートの時点を印象派あるいはマネにモデルニテ(近代性)置いてみると、以後そのたどってきた歩みはひたすら進歩、発展の道筋だった。合理主義、科学万能主義を時代背景にして美術=芸術も、一瞬の休息もなしに「新しさ」「革新性」「個性」を普遍的な価値観として突き進んできた。その結果はどうだろう。美術は主題を喪失し、社会との絆を見失い、ただ「自らの純粋な法則性」に満足する閉塞状態を招いてしまった
   実はこの小文で冒頭にのげたいくつかの「感想」とは、この閉塞状態を克服する道を求めてのぼくのなりの行脚の報告にほかならない。つまり現代中国のアーティストたちには美術と社会の絆を取り戻す契機を、ブルジョワには近代主義を二重三重に乗り越える視座を、ボイスには美術=芸術の原初的力の再発見をみたつもりである。
   視点を変えて言えばこうなる。現代美術の今を超克するには三つの原則がある。アウトサイダー・アート、フェニミズム、それにドローイングの三つの。この三つの視点を原則にして「描く」ことの意味を問い直すこと。そこから美術の次なる視野が開けてくる。新しい旧いの問題ではない。むしろ「原点」に戻る行為であり、どこから新ミレニアムに継続する課題が見つかると信じている。
 グループ「+∞」展に共通する「描く」ことへの問い直しが原理的にどのような性格のものなのか、ここで断定する材料はない。ただ10回目を迎えてこの節目に、近代祝儀の残滓と「次なる視野」の境界について活発な議論が交わされたらいいと思う。


(全 文)

 
   
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